【熊五郎とシキ015】待つ時間を楽しもう

突然ですが、皆さんは
何かを「待つ」のは得意ですか?苦手ですか?

乗鞍では何を待つ時間が長いかって言ったら、もうそれは「春」のことでして……。
なにしろ、冬が半年近くあるわけですから。
で、今日はその「待つ」ことについてのおはなし。
Read More »

デザイン・販促物を作る前に考えたい3つのこと

突然ですが…

PRしたい事業がある。
PRしたい商品がある。

だけれども、それをうまく形に表すことができない。
あるいは、なんとか自力で形にしてみても、なんだか納得感が薄い。

そんな経験ってお持ちではないでしょうか。
想いのこもった熱い商品なら、なおさら納得いくものにしたいし、
必要とされる方へ、確実に響くものを作りたい!ですよね。

Read More »

【熊五郎とシキ014】滝のとどろきを感じよう

乗鞍も日に日に春めいてきました。
辺りの雪も、もう残すところあと少し。
(でも明日は雪予報なのですが…きっと、すぐにとけるでしょうw)
降り積もった雪がとけていくのと同時に、
厳冬期の間に氷瀑していた乗鞍の滝も、
春の訪れとともに緩んでいき、流れをなし始めています。
今日は、そんな乗鞍の滝のおはなしです。
Read More »

【熊五郎とシキ013】星空を見上げよう

ここ最近、晴天の続く乗鞍。
雪はみるみるとけていき、春の兆しがあちこちに顔を出し始めています。
でもまだまだ朝晩は冷え込むことも多い今日この頃。
そんなさっぶーい冬の澄んだ空気の中でも、夜空を見上げると、その星空は本当に綺麗でして、
一瞬でもそれを目の当たりにすると「うわー!!」っと涙がちょちょぎれそうなほどに感動してしまいます。
これから暖かくなっていけば、ゆったり星見もできるかな……と楽しみでなりません。
と、いうわけで、今日は星空のおはなし。
Read More »

【熊五郎とシキ012】呼吸を意識しよう

昨日の春分の日は、真冬に逆戻りしたかのような乗鞍。
雪がしんしんと降り積もり、辺り一面が真っ白になりました。
そうは言っても、今日は日中、日が差し込むと、降り積もった雪がみるみるとけていき、
あぁ、やっぱり春は近くにやってきているんだなぁと感じることもできたり。
乗鞍の空気も、確実に春へと移り変わっているようです。
こうして季節の移り変わりを肌や空気で、ダイレクトに感じることができるのは、きっと、乗鞍の環境のおかげなのだろうなぁ。

さて、今日はその空気を自分の体にとりこむこと、すなわち、呼吸についてのおはなしです。
Read More »

【熊五郎とシキ011】てくてく歩こう

なんだか、みるみる雪がとけていくここ最近の乗鞍。
あれだけ長い冬だなぁとか、春はまだかなぁと思っていたのに、ここに来て、どうも駆け足で春へと向かっている感じがします。
どんどん雪がとけて、地面があらわになってくると、春がもうすぐだなぁと思うのと同時に、あぁ、もっと雪みちを歩いておけばよかったかな、なんてちょっと名残惜しかったりなんかして。
季節は待ってはくれませんね。
一歩一歩、行ったり来たりしながらも、着実に進んでいくのが自然。
私たちだって、どんな季節であっても、ここを歩いてみれば、その時にしか見えない景色があり、その時にしか気づけないことがある。
というわけで、今日は、「歩く」ことについてのおはなし。

のりくらには、あちこちに散策を楽しめる道があります。滝や池へと続く道、山のてっぺんへと続く道。美しい花々に出会える道。地面の感触を足の裏に感じながら、てくてく歩いてみると、何かに出会うことも楽しみだけど、歩くことそのものが、自分を満たしてくれる、ということに気づいたりなんかして。

【編集後記】
「てくてく」っていうこの言葉の響き、すごく好きなんです。
一歩一歩、進んでいるような、
着実に前に向かっているような、
それでいて、歩くことを味わい、楽しんでいる音のような、
そんな気がするからかもしれません。

向かう先がどこなのか、その目的地がはっきりと見えていることも大切だけど、
目的地が見えていないとしても、その時々の景色を楽しみ、その時にしか感じられないことを感じ、味わい尽くす、
そういう時をもつことも、大切かもしれないなと思ったりします。

乗鞍を歩いていると、本当に何か元気がチャージされてくるような気がするのです。
どんな力がどんな風に作用しているのか、それは私には分かりませんが、一つ思うのは、静けさが大きな力なのかな、ということ。
この乗鞍の静けさのなかにいると、自然の醸し出すパワーをキャッチしやすいし、人と自然との「気」が交流しやすくなるような、そうして凝り固まった詰まりが取り除かれて、気の通りがよくなるような、そんな感じがするのです。

私が何かもっともらしいことを言うよりも、とにかく実際に歩いてみるのが一番。
そうして、ご自身のなかの気が巡り始める感じを実感されてみては。。。
私としては、芽吹きのエネルギーみなぎる新緑の季節は、てくてく歩きに最高なのではないかと思います。
その季節ももうすぐそこに。
目的地が明確に見えていたとしても、いなくても。
いっとき、ご自身の凝り固まった詰まりを取りに(笑)、ここ乗鞍で滞在されてみてはいかがでしょう。

ではこのへんで。
来週3月22日(木)20時にお会いしましょう。

バックナンバーはこちらからどうぞ↓
☆熊五郎とシキ
http://norikurashi.com/kumagorotoshiki/

【熊五郎とシキ010】生きものの気配を感じてみよう

最近、乗鞍では、真冬の間に白い雪で厚く覆われていた地面が
顔をのぞかせることも多くなってきました。
暖かい日と寒い日が交互にやってきながら、
ゆっくりと春に向けて季節が移り変わっているのを感じます。

そうなってくると、そろそろ芽吹きの季節も近いかなと。
里の方では、ふきのとうが顔を出しているようす。
乗鞍でも、そんな芽吹きの季節がやってくるのが待ち遠しい今日この頃です。
というわけで、今日はその芽吹きや季節の移ろいに想いを寄せたおはなし。

芽吹き一つ、葉っぱ一枚、花一輪。どんな小さな生きものも、皆この瞬間を生きている。時期が来れば、それぞれのタイミングで芽吹き、葉が繁り、花開いていく。静かな季節も、賑やかな季節もただそこにあり、また次の季節へと、たんたんと向かっていく。その移りゆく彼らの気配を感じると、なんだか力をもらえる気がするのです。

【編集後記】
寒い冬の間、雪の下で静かにその時を待っている芽吹きたち。
彼らは、どれだけ日の目を見ることを待ちわびたことでしょう。
それは寒い冬をここで過ごしてきた、乗鞍人の気持ちにも通じるような
気がします。

乗鞍で暮らしてからというもの、その気持ちがほんの少し分かる
というとおこがましいけれど、芽吹きたちの気持ちに近づきつつあるような
気がするのは、気のせいでしょうか。

寒すぎて、手足がカチンコチンになって泣きそうな時があったり、
しもやけができたり、
大雪で、水道管が凍ってしまうこともあったり、
吹雪で外に出られず、じっとしているしかなかったり、
大雪のさなかでも雪かきをしなくてはならなくて大変だったり、
外で思うように体を動かすことができなかったり、
路面が凍結していて、慎重に慎重に歩いたり運転しなくてはならなかったり、
フレッシュな食べものが手に入りにくかったり、
なんだか時々、気持ちの面まで寒波に襲われそうになったり(笑)
etc…

どれも、寒さのひときわ厳しい乗鞍の暮らしならではの経験です。
でもそれはまるで、雪の下でじっと耐え、暖かい春の季節を待つ
生きものの「芽」のあり方にどこか似ているような。

そして、ようやく乗り越えつつあるこの冬のあれやこれやを思うとき、
春への期待、希望、嬉しさ、ワクワク感は、自分自身の中で、
もうなんとも言い尽くせない特別なものになってきているような気がします。
春に向かう気持ちそのものが、芽吹きみたいだなぁって。

暖かい街に住んでいるときにも、芽吹き・春に対して、嬉しい!ワクワク!
とした感情はあったけれど、
でも、今ほどの感情はわかなかったような気がします。
「冬」と「春」という季節の変わり目がこんなにもダイナミックだなんて
知らなかったし、その芽吹きを見つける嬉しさや味わう喜びも今ほどには知らなかった。
もちろん、こんなに待ち遠しいものだということも。

そう思うと、乗鞍って、季節の移ろいや、それにそって生きていく
生きものたちのエネルギーを本当に全身で感じることができる場所なのだろうなぁ、
としみじみ思います。(もちろん、味わうことも含めて…(*^^*))

そんな、乗鞍の芽吹きの季節はこれから。
今年は雪解けも早いようだから、その季節ももうすぐそこかもしれません。

この、行ったり来たりしながら冬から春へと日々移り変わる乗鞍もまた、
じれったいながら、いいんだなぁ。

ぜひ、ゆったりとした気持ちでここに身を置かれ、
その移りゆく生きものの気配を
身の周りに、
そしてご自身のなかにも
感じてみられてはいかがでしょう。

ではこのへんで。
来週3月15日(木)20時にお会いしましょう。

バックナンバーはこちらからどうぞ↓
☆熊五郎とシキ
http://norikurashi.com/kumagorotoshiki/

yadorigiのデザイン~想いをビジュアル化するプロセスと未来像~

なにがしかの事業をしていると、(しようとすると)、
想いはたくさんあるけれど、
ではそれを対外的に未来のお客様や、関係者、協力者となり得る方に
伝えるために、具体的にどんな形に表したらいいのだろうか……、
と、見当がつかないってこと、ありませんか?
Read More »

【熊五郎とシキ 009】空を感じてみよう

乗鞍ブルー。それは、時たまのりくらで見られる、抜けるような青空のこと。運よく出会えると、ウワァーっと思わず見とれてしまう空。自分が空っぽになって、どこまでも広がるその空の清々しさが、内面にまで広がっていくかのような。何もせず、何ももたず、ただそこにあるだけ。不思議なもので、この「空」が自分のなかに広がると、何だか満たされた心地になるのです。

初めて乗鞍ブルーを見た時、その色に、その空気感に、圧倒されました。
雲ひとつない乗鞍の空は、本当に鮮やかで、見たことのない色をしていて。
自然以外のものが限りなく少なくて、空気の澄んだ乗鞍だからこその「空」。
この空には、ものすごいパワーがあるのではなかろうか……と常々実感しておりまして。今日はそんな空のおはなしです。

乗鞍ブルー。それは、時たまのりくらで見られる、抜けるような青空のこと。運よく出会えると、ウワァーっと思わず見とれてしまう空。自分が空っぽになって、どこまでも広がるその空の清々しさが、内面にまで広がっていくかのような。何もせず、何ももたず、ただそこにあるだけ。不思議なもので、この「空」が自分のなかに広がると、何だか満たされた心地になるのです。

【編集後記】
乗鞍へ来るまで、こんなに澄んだ広い青空があるなんて、知りませんでした。
あまりの清々しさに、ため息が出てしまうほど(笑)
何か特別な(と思う)ことをしなくても、
何か特別な(と思う)ものをもつことにこだわらなくても、
ここにある青い空が、手を広げて、まるっと受け容れてくれる。
なんだか大きなものに包まれているような、そんな心地がするんです。

そして。これまた、あくまでも個人的な感覚なのですが…
あーでもない、こーでもないって頭でっかちに考えるよりも、
空っぽになって、ただ空を見上げている方が、
スコーーーンと腹に落ちてくるものがあるというか……
空を見上げ、静かな時間を過ごしていると、、、
なんだか自分の中に空のスペースが作られて、
(いや、もしかしたら、もともとあるスペースを思い出しているのかもしれないけれど、)
そのスペースに、どこからともなく良きアイディアがわいてくる、いや降ってくるような……

何事も、実感してみないことには分からない( ´艸`)
乗鞍ブルーの空、体感されてみてはいかがでしょう。

〈追伸〉
うちの息子、ものすごーくボーっとしていることが目立つ子なんです(笑)
何をするでもなく、何を考えるでもなく、ただ目に入ってくるもの・人・音…
そこに意識が全てもっていかれてしまうというのかな。
なんでしょう。そこに我がなく、空の状態になっているとでもいいましょうか。
何かをしている途中でも、しなければならないことがあったとしても、です。
それは、集団行動の中で、周りが困ってしまう場合も多々あるわけなんですが、
で、そのことに親としてヤキモキすることもあったのですが、、、

でも、彼を長年(と言ってもまだ8年ですが・笑)観察していると、
あぁ、この子にはボーっとしている時間も大いに必要なんだな、
と最近ようやく思うようになったんですね。

というのも、本当に思いもよらぬところで、人並みならぬ集中力を発揮することがあるんです。彼。
例えば、「こんなところに日本人!」という番組が好きすぎて、そこで取り上げられる世界の地名だったり、
その地域の特徴を覚えることだったり。
山々の標高を覚えることだったり。。。

私にはない能力なので、日々「へぇー!」っと好奇心たっぷりに、彼を眺めています(笑)
って別に我が子自慢をしたいわけではなくて、
彼は、彼なりにバランスをとっているのかもしれないなって思って。
彼なりのここぞ!という時の集中力は、ボーっとする時間があってこそ、なのかなって。

(だからって、ボーっとしてていいときと、よくない時とあるわけで。
そこについては、彼自身がそれをコントロールできるように、
どんな働きかけができるかしら、と模索中でありますm(__)m)

オンとオフ という感じが近いのか、、、な。
自分をオフにする空の時間は、息子だけでなく、私にも、きっと誰にでも
必要なんだろうなと思うのです。
ここぞという時に、己の力を最大限発揮するために。
乗鞍はそういう意味で、全てをオフにして充電するのに最高の場だなぁと
改めてこれを書いていて思った次第です。

それではまた。
来週3月8日(木)20時にお会いしましょう。

バックナンバーはこちらからどうぞ↓
☆熊五郎とシキ
http://norikurashi.com/kumagorotoshiki/

【熊五郎とシキ 008】火を囲んで語らおう

今年の乗鞍の冬は、一年前に比べると、ずいぶんと寒い!
そんな凍えるような寒さのなかにいると、
「ぬくもり」にものすごく敏感になるし、
余計に幸せを感じてしまうような気がします。
というわけで、今日は冬の乗鞍で幸せを感じる「ぬくもりを感じるひととき」についてのおはなしです。

暖炉の火。それは、のりくらの寒い冬にあると嬉しいもの。火を前にすると、冷えた体がじわじわと温まっていく。それと同時に、なぜだか心が落ち着き、オープンになっていくような。自然と人が集まり、語らいが始まる。こんな風にあたたかで、和やかな時を求めていたんだと、望んでいたものがあぶり出されていく……そんな心地がするのです。

【編集後記】
暖炉って、火って、不思議な力があるなぁと思います。
近くにいると、体の芯から温まるような感じがするし、
メラメラと燃える炎を見ていると、
時を忘れて、ただそこに素の自分がいる、ということに気づいてハッとしたりして。

そして、冒頭でも書いたとおり、
寒さに堪えた体であればあるほど、余計に幸せを感じてしまうという。
もしかすると、寒さの極みを知らなければ、真の暖かさも知りえないのかな、などと思ったりして。

乗鞍で過ごしていると、その心と体が喜ぶ、ということについて、
振れ幅が大きくなるというのか、
ものすごくそのセンサーが敏感になるような、そんな気がしています。
なぜでしょう。
もしかすると前回も書いた通り、その環境のコントラストの強さのせいでしょうか。感覚が鋭敏にならざるを得ない、そんな環境なのかもしれません。

というわけで、寒さが厳しいその時は、ぬくもりセンサーに身を任せ、
身を置く場所を 環境を 選んでみては、いかがでしょう。
(Raichoにも暖炉、あり〼)

それではまた。
来週3月1日(木)20時にお会いしましょう。

バックナンバーはこちらからどうぞ↓
☆熊五郎とシキ
http://norikurashi.com/kumagorotoshiki/