何度も歩く乗鞍岳で出会う新しいもの

山歩きしていると
自分の想像をポーン!と越えて
心をぐぉんと持っていかれる景色が
目の前に現れることが多々あるけれど、
三本滝から乗鞍岳へと歩いたある日、
それが連続することがありました。

これは、目の前に現れた3つの虹。

畳平に現れた彩雲、剣ヶ峰付近でプカっと浮かぶ虹、朝一番の三本滝にうっすらかかる虹(3つ目は写真では分からないかも…)

そして、花盛りの高山植物たち。

更には、登山道を歩く途中で出会う
山々の景色。

これだから山歩きはやめられない。

見たことのない景色は
それを目にした途端に
まるで以前から知っていたつもりになりがちだけど、、

同じ景色は二度となく
毎日、いやいや、瞬間瞬間が新しい。
そのことをしみじみと感じる日でした。

何回も歩いている道ではあるけれど、
歩く度に新鮮で、
心の中がぐぉんと持って行かれるんだもの。

そう思うと、
母親という立場的に息子の話をよく聴いたり、
また仕事上、
クライアントさんの話をよく聴くことが大事な日常にあって
目の前の人の中にある景色を見る時も同じなのかもしれないなぁと
ぼんやり思うのです。

目の前の人に、
その人ならではの価値観や理想の未来があったとして。
話を聴きながら、
それを一緒に見た(ように思えた)瞬間があったとして。

その人の見ている世界や、
理想とする未来、
思っている事、
感じている事が
ずっと色褪せずに同じままでいるかというとそうではなくて。

変わらないように見えても、
時間や、その後の成長や出会いと共に
自然と変わっていくのだと。
それでいいし、それがいいんだと。

過去の出来事から、きっとこうだろうと決めつけたりせずに
人は移り変わるものだという前提に立って、
その時々で、
その人の心動く世界に思いを寄せたいものだなぁと思います。
自然を感じるのと同じ目と耳と心と体で。

チングルマと槍穂高

というのも、
息子には、心をときめかせて見ている夢が今あり、
今はその思いに全力で付き合っていて、
何なら私のリソースをかなりそこに費やしている現状があるために、
ちょっとこのままいくとまずそうだぞ……。という感覚があったのです。
私が。

ずっとそのまま、息子がその夢を持ち続けるかどうかは分からないし
結局は全く違う道に進むかもしれない。

息子の夢に執着せずに、
つまりは、私が自分の夢と混同して、
乗っかりすぎないようにいたいものだなぁと(笑)
応援はするけど、執着しない。
その時々の心動くものに、想いを寄せたいものです。
自分にも人にも。

山歩きをしていると、なんだかこう、
偏っていきがちな自分の思考を
ニュートラルに戻してもらっているような
そんな感覚になります。

これだから山歩きはやめられない。
(2回目)

さぁ、次はいつどこを歩こうか。

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