私的な乗鞍紅葉の魅力

乗鞍岳の紅葉が見頃を迎えつつあります。

今日は雨の乗鞍ですが、雨降る前にと、昨日の午前中、
紅葉を愛でながら少しトレッキングをしてみまして、
なんだかそこで見たものをシェアしたくなって、こうして数か月ぶり(苦笑)のブログに向き合っております。

さて、
昨日は「三本滝」に駐車して、そこからバスで山を登っていきました。
標高が上がるにつれて、道路際の紅葉の色づきが深まり、
と同時にワクワクがとまらなくなり、
バスの車内でも、皆さんの歓声が上がるほど。

でも、
いやもちろん、バスからの眺めも綺麗なのですが、やはりそこは歩かないと感じられないものがあるんですよね。
空気感、色合い、景色の移り変わるほど良い加減、その他もろもろ。
なんだろう、肌で直接感じられるもの、とでもいいましょうか。

というわけで、昨日は「大雪渓・肩の小屋口」でバスを降り、
登山道を下って三本滝まで、歩きながら紅葉を楽しんでみることに。
そんな中で感じることのできた、乗鞍紅葉の魅力をまとめてみました。
(いやいや、まとめるなんておこがましい。今時点で気づいたことを徒然なるままに。)

私的な乗鞍紅葉の魅力、その1。

見上げてみれば、日に照らされて一層美しい彩りがある。そのイロ・カタチが一様でなく、歩を進めながら折々に心踊ること。

乗鞍紅葉の魅力、その2

遠くを見渡すと、堂々たる錦の模様が目に染み入る。乗鞍ブルーの澄みきった空と穏やかな山並みと相まって、自然と深呼吸する心地に。まるで景色を体いっぱいに取り込むかのよう。

乗鞍紅葉の魅力、その3

足元には、健気でいて美しい彩りを放つ草紅葉がある。地に生える草たちの織りなす模様は、雑然としていると言うよりもむしろ、そこにある理由が草たちそれぞれにあり、大きなデザイン性を感じてしまう。

まだまだ続く 乗鞍の紅葉、そして……

乗鞍の紅葉は、これから山の上の方から徐々に、高原の方へと下りてきます。

その移ろいも含めて、これからここで、とっぷりと味わうこと。
そしてそれを必要とする人と共有すること。
それが今、私にできる1つの選択です。

余談。
なぜこうして私はブログを書く気になったのだろう。(実に半年ぶりに!)
……と考えてみると、

ここ乗鞍の美しさを私がどう感じ、どう見ているのか、ということを言葉にしてみたかったから。
というのもあるし、

今、目の前にあるものを純粋にアウトプットしてみたら、どうなっていくのかな、
ということへの興味もある。

でも、多分、一番の動機は、

紅葉を愛でるという行為も含めて、
ここ乗鞍で自然とできる「五感を豊かに過ごすこと」を
日々の暮らしの中に浸透していけたら、
自分自身を縛り付ける色々なものから、もっと自由になるし、
幸せを選択できる自分になれる
っていう確信を最近得たからかもしれない。

またその辺りのことは、追々に。
というわけで、シレっとブログ再開。(テヘ)

自然にかえる宿

紅葉が教えてくれた振り子の法則 

例年より2週間程度遅れてやってきた、ここ乗鞍高原の紅葉。
その見ごろもそろそろ終盤を迎えているようです。

今年の秋の移ろいをよくよく見ておきたくて、ここ1.2週間は特に、度々外を歩きました。
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これは10日ほど前。色づいてきた木々もあるけれど、まだ緑も多く、いよいよこれからピークが来るのねーとワクワクしていたころ。

さて、その後の移ろいの早いこと!
数日のキュッとした冷えこみがあって、あっという間に高原内の色づきが増したのでした。
私にとっては、ここに住み初めて一年目の秋。この秋は、周りの人達との話題や、ゲストとの話題から、たくさんの人がここ乗鞍高原の紅葉を楽しみにしているんだなぁということを感じました。
私ももちろんその中の一人。
なぜなら、初めて乗鞍へ訪れたのは、ちょうど一年前の紅葉の時期。あまりの美しさに感動しっぱなしで、その時に見た景色が心にずっと残っていたから、私は今、ここにいるといっても過言ではないのです。
そんなわけで、本格的な色づきをしばらく前から心待ちにしていたので、その数日の色の移り変わりは余計に嬉しかったのでした。

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仕事の合間にすかさず出かけた一の瀬園地。そのまいめの池の紅葉は、神秘的でただただずっと、その場で見ていたい景色で。

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一の瀬園地のシンボルツリーになっているオオカエデも、真っ赤に染まりました。色づき始めてから、どれだけこの日を心待ちにしていただろう。

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そして先週末、息子と善五郎の滝まで歩いてみると、散策道はどこを見回しても見事な錦の模様でウットリ。

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ほら、あまりの美しさにウットリどころか叫んでいます。

「ママぁ、やっぱり紅葉のハイキングっていいねぇー。きもちー。」

という少々おマセな発言も飛び出てきたりして。

そう。おマセ発言と言えば、登校時のこと。いつものようにバスの時間ギリギリでダッシュする息子は、錦の模様に吸い込まれていくような具合でした。
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「あーーー、紅葉が綺麗ー!でも今朝は冷えるねー。」と私が言うと

「そりゃー、そうだよ。寒くなるからこそ、紅葉が綺麗になるんだからっ。」

と諭されました^^;
息子がどこからその知識を得たのかは分からないけれど、この色の移り変わりを見ていると、確かにそうなのかもしれないなぁと、しばらくそのことばかり考えていました。

キュッとした冷え込みがあるからこそ、美しい紅葉が現れる。

きっとそう。数日の冷え込みが、木々の紅葉スイッチを押したに違いない。
なんだかそんなことを思っていたら、「負があるからこそ正がある」というようなことを誰かが言っていたのを思い出しました。

そして、全ては振り子のように大きく揺れて、そのバランスの中に自然も私たちも、いるのかもしれないなぁと思ったりして。

哀しみを知っているからこそ、喜びを感じることができる。

不快があるからこそ、快がある。

とか。

正か負か、どちらかだけ味わう、ということではなく、またもちろん、良い思いをするには、苦労を買って出なくてはいけないという、ドMな根性論でもなく、、、振り子の中のどこに自分を置くかという、そういうことなのかもしれないなぁと。
振り子の動きそのものに囚われてしまうと、その都度振り回されて、一喜一憂してしまうけれど、振り子の真ん中で、あっちへ行ったりこっちへ行ったりする動きは必然と思って眺めてみると、どうだろう。
正も負も色んなことを味わってみるのもいいじゃない、と思えてくるような……綺麗ごとだろうか(笑)
でも、とにかく自然界を見てみると、振り幅が大きい方が、感動は大きい気がするんだなぁ。
寒さがあるからこそ美しいのではなかろうか、という乗鞍の紅葉もしかり。
そして、これから来る冬の厳しい寒さを乗り越えるからこそ、来年の春は植物の芽吹きや新緑の季節や太陽の温かさに、より感謝したり感動したりするんだろうなぁと想像できるわけで。
そう思うと、乗鞍って、春夏秋冬、なんて振り幅の大きいことだろうか。
ここ乗鞍の自然にあやかって、私も息子も、自分の振り幅を広げられたらいいなぁと思ったり。

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それはそうと、ここ数日で、すっかり冬の空気に様変わりした乗鞍。
私と息子にとっては未知の、氷点下の銀世界が近づいてきているようです。
余裕でいられるのも、今のうちかもしれないけれど、、、寒さでくじけそうになったら「振り子、振り子」と唱えながら、Raichoの温泉につかって乗り越えてみようと思っています。
いや、でも間違いなく温泉から出られなくなるなぁ^^;
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